
今回は彩瀬まるさんの著書を映画化した、『やがて海へと届く』の感想を書いていきます。
この映画は親友を失った女性を主人公に、彼女の喪失感を描き出していく作品です。
原作を読んだ時点から、不思議と引きこまれるものがあって、今回の映画化も非常に楽しみにしていました。
しかも、中川龍太郎監督が手掛けるとあっては、観ないわけにはいきません。
ということで、若干ネタバレをはさみつつ、感想を書いていきます。
やがて海へと届く
あらすじ
引っ込み思案な性格で自分をうまく出すことができない真奈は、自由奔放でミステリアスなすみれと出会う。2人は親友になったが、すみれは一人旅に出たまま突然姿を消してしまう。すみれがいなくなってから5年、すみれの不在をいまだ受け入れることができずにいる真奈は、すみれを亡き者として扱う周囲に反発を抱いていた。ある日、真奈はすみれのかつての恋人である遠野から彼女が大切にしていたビデオカメラを受け取る。カメラに残されていたのは、真奈とすみれが過ごした時間と、真奈が知らなかったすみれの秘密だった。真奈はもう一度すみれと向き合うため、すみれが最後に旅した地へと向かう。
映画.comより抜粋
作品解説
原作は行方不明になった親友の死が受け入れられず、苦悩している女性を描いていく作品です。
本作の監督を務めているのは、『わたしは光をにぎっている』の中川龍太郎監督。不勉強ながら全部の監督作を観ていないのですが、どの作品を観ても女優が印象に残る監督なんですよね。
そんな中川監督が岸井ゆきの&浜辺美波を撮ると。これはもう期待しかない。
『やがて海へと届く』評価
ストーリー | ★★★☆☆ 3/5 |
キャスト | ★★★★★ 5/5 |
演出 | ★★★★☆ 4/5 |
映像 | ★★★★☆ 4/5 |
総合評価 ★ 7/10
「原作を大胆に脚色した映画だったね」
最初に書いておきたいことは、僕の中でベスト岸井ゆきの&ベスト浜辺美波の映画でした。
これだけはもう確実で、「やっぱり中川龍太郎監督は女優を撮るのがうまいなぁ」と、しみじみ思ったりして。
ストーリーの方は原作の3分の2くらいしか映像化していない印象です。
各所にオリジナル展開や、おそらく監督の作品に対する解釈が盛り込まれていて、ラストは大きく異なります。
原作の方が好きではあるのですが、1本の映画として、真奈の“喪失と再生の物語”をまとめるなら、この展開も悪くないのかなと。
とりあえず原作を読んだ方、中川龍太郎監督作品が好きな方は必見といえるのではないでしょうか。
※ここから先は『やがて海へと届く』のネタバレが含まれます
『やがて海へと届く』感想
ベスト級の女優たち
中川龍太郎作品を観て、主演女優を語らずにはいられません。
『わたしは光をにぎっている』の松本穂香、『四月の永い夢』の朝倉あきといったように、本作もとにかく岸井ゆきの&浜辺美波が美しく映し出された映画でした。
どちらもタイプの異なるお顔であるわけですが、区別なく美しい部分を切り取る。個人的にはふたりとも横顔のショットが印象的で、スクリーンいっぱいに映し出されると、もう心が洗われるようで。
「撮る人や作品によって、ここまで引き出し方が違うのか」と改めて映画の奥深さ、面白さを味わった作品でした。
特に浜辺美波は3パターンくらい髪型が変わっていってですね。映画の構成的にも彼女の持つ二面性が描かれていって、コロコロと印象が変わっていく、これまでにない演技や表情が引き出されていたと思います。
「これを超える浜辺美波&岸井ゆきのは難しい」
表情で物語を語らせる中川監督らしいシーンの中に、ふたりがいることも感慨深いです。
セリフはないけど、その場の空気をカメラに収めて、その画自体がストーリーを語りだす。
個人的には、この点が中川龍太郎監督らしい部分なのかなと思っていて。そのためには、ただセリフを発するだけじゃなく、空気をも作り出す俳優が必要なわけです。
その点、岸井ゆきの&浜辺美波の起用は正解だったと思う。原作も読んでいますが、イメージを損なわないし、初めてキャスト聞いたときは「あー、なるほど」と納得したことを覚えています。
浜辺美波もそうだけど、真奈役に岸井ゆきのを持ってくるあたりがまた……。年齢が離れていることも、「近いけど実は遠い距離間」みたいなものに繋がっているし。
浜辺美波は『約束のネバーランド』とか出演してましたが、あの作品で感じてしまった役者本人の年齢差とは全く違う。
うーん、キャスティングって大事なんだな。
喪失と再生
原作の帯にも書かれておりますが、本作は“喪失の再生”がテーマにありまして、行方不明になった親友の死を受け入れられない女性の物語です。
行方不明になったすみれは、震災の日、東北を訪れており、その際に津波に巻き込まれています。遺体という死が確定するものが見つかっていないため、真奈は「すみれは今でもどこかにいるのではないか」といった感情を抱き続けているわけです。
物語をさらに複雑にしているのが、周囲の人間はだんだんすみれの死を受け入れつつあるという、残酷すぎる現実です。特にすみれの彼氏だった遠野は顕著に出ていて、新しい彼女との婚約を決めています。
そんな周囲に反して、真奈の反応に疑問を抱き、自分の中にあった“すみれとの思い出”に助けを求めました。
「フカクフカク入り込んでいくんだよね」
この流れは最近話題の『ドライブ・マイ・カー』とも共通する部分だと、僕は思っていまして。
すみれの一面を知ることができず、最後の言葉を聞けないまま永遠の別れとなってしまった真奈。妻から逃げてしまい、言い訳すら聞けず、傷つくこともできなかった家福。描いていることは違うけれど、主人公のスタート地点はどちらも同じだと思うのよね。
『ドライブ・マイ・カー』のセリフを借りるならば、真奈は「正しく傷つくべきだった」のでしょう。傷つくというよりは、悲しむの方かな。
すみれの“片側”を知らず、彼氏のもとに去っていき、最期は震災と遭遇してしまう。理不尽極まりない出来事が続き、真奈は気持ちの整理がつかなくなる。
けれども、「世界の片側しか見えない」という事実を認め、すみれの死を受け入れることで、自分とも向き合う。そして、最後には再生へと向かっていく。
震災をテーマにした映画は多くありますが、ここまで残された人たちをフカク描いた作品は珍しいかも。
原作と違うところ
以上のように、素晴らしい映画ではあるのですが、映画化に際して引っかかることがありまして。
それは本作が東日本大震災と関連の深い映画であることをプロモーションしていなかった点ですね。
おそらく多くの人は「これ、震災を描いた映画だったの?」と驚いたのではないでしょうか。なぜ伏せておく必要があるのか、正直理解できないです。ネタバレしちゃダメな映画とかでもないですし、体験して得るものがある作品なのに。
原作では真奈のストーリーと、歩き続ける“誰か”のストーリーが交互に描かれる構成となっています。
しかし、映画版では“誰か”のストーリーはほぼカット。序盤と終盤に合ったアニメのシーンがそれに該当するのですが、原作の半分ほどしか実写化されていません。
確かに“誰か”の話は素顔を見せられないし、生々しい津波の描写や、ホラーに感じる展開もありますし、実写化は難しいです。けれど、そのふたつがあってこその『やがて海へと届く』だと思っていたので……。
原作者の彩瀬まるさんは、すみれと同じく旅行中に被災しています。つまり、この“誰か”の物語は、彼女の実体験からくる物語でもあるわけですよね。そこをカットするのは、かなり勇気ある選択をしたなと。
その代わり、被災した方々にカメラを向けるシーンが追加されていました。すみれ視点の物語も映画オリジナルです。
また、映画の最後に被災地へ国木田さんと旅行に行きましたが、原作では海とは真逆の山に向かうんですよ。しかも、よほど海から遠ざけたかったのか、“海なし県”といわれる埼玉へ。
この旅行シーンでは国木田さんとの恋愛模様も描かれていて、これがはっきりと再生に繋がってくるストーリーなんです。けれども、映画の方は国木田さんとの恋愛描写もなく、原作とは正反対の海へ向かうと。
「ちょっと印象変わっちゃうよなぁ」
原作をそのまま映画化されてもつまらないし、これは中川龍太郎監督の作品なんで。映画は映画で非常によくできていますが、最後に少しだけ原作を読んだ身としての不満点を。
真奈とすみれを近く描きすぎというか、もっと物理的な距離は保ってほしかったな。この映画を観て最初に思い浮かんだのは、『リズと青い鳥』のみぞれとのぞみの関係。プラトニックだけど、若干彼女たちの視線が気になってしまう、あの感じ。
僕は好きではあるけれど、人によっては受け取るものが変わってくる気がする。
最後に
この手の映画を観ると、撮影中のふたりの関係とか気になってきますよね。
インタビュー拝見させていただきましたが、役者ふたりも非常に距離が近そうな感じがしました。
んーーー。なんか癒されるよなーー
できれば何も考えずにふたりを見ていたかったけど、内容的にそういうわけにもいかず。
劇場でかかっているうちに、もう1度くらい観たいけど、実現できるかな
以上。
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