
「トロント国際映画祭の観客賞と、アカデミー賞作品賞は被ることが多い」
そんなことがよく言われています。
近年でも『ノマドランド』や『グリーンブック』、『それでも夜は明ける』がトロントで観客賞を受賞後、アカデミー賞作品賞に輝きました。
作品賞を予想するなら、トロント映画祭観客賞の動向も見ておかねばならないってことです。
で、昨年(2021年)のトロント映画祭で観客賞を受賞した作品が、今回レビューする『ベルファスト』なんですよ。それだけで必見の映画だといえるでしょう。
まぁ、今年に関しては『パワー・オブ・ザ・ドッグ』が最有力で、観客賞=作品賞のジンクスが通用しなさそうですけど……(笑)
そんなわけで、『ベルファスト』を観てきたので感想を書いていきたいと思います。
ベルファスト
あらすじ
ベルファストで生まれ育った9歳の少年バディは、家族と友達に囲まれ、映画や音楽を楽しみ、充実した毎日を過ごしていた。笑顔と愛に包まれた日常はバディにとって完璧な世界だった。しかし、1969年8月15日、プロテスタントの武装集団がカトリック住民への攻撃を始め、穏やかだったバディの世界は突如として悪夢へと変わってしまう。住民すべてが顔なじみで、ひとつの家族のようだったベルファストは、この日を境に分断され、暴力と隣り合わせの日々の中で、バディと家族たちも故郷を離れるか否かの決断を迫られる。
映画.comより抜粋
作品解説
『ベルファスト』は監督を務めたケネス・ブラナーの自伝的な映画と言ってもいいでしょう。
そもそもタイトルにもあるベルファストとは、ブラナーが少年時代を過ごした街の名前です。北アイルランドの首府で、超巨大な造船所がある街としても有名ですね。
ベルファストは領土問題、宗教的な争い(プロテスタントとカトリック)が近年まで続いていました。この映画はそんなベルファストで起きた紛争を、子どもの視点から描いていく作品です。なので、一応予備知識として、アイルランドと北アイルランドの関係性などは知っておいた方がスムーズかと。公式サイトでも解説されているんで、鑑賞前に目を通しておくといいかも(https://belfast-movie.com/)。
監督を務めたケネス・ブラナーは、ベルファスト出身の映画監督・俳優で、最近では『ナイル殺人事件』を監督&主演しています。演技面ではノーランの『テネット』や、『ハリーポッターと秘密の部屋』のロックハート先生で有名ですかね。
主演を務めているのは、オーディションで発掘されたジュード・ヒル。『ジョジョ・ラビット』のローマン・グリフィン・デイヴィスとも重なる、かわいらしさもある演技が印象的でした。
一方、主人公の周囲を固めるサブキャストたちが超豪華で、母親役に『フォードvsフェラーリ』のカトリーナ・バルフ、父親役に『フィフティ・シェイズ』シリーズのジェイミー・ドーナンが出演。
また、祖母役で大女優ジュディ・デンチ、祖父役でベルファスト出身のキアラン・ハインズが起用されるなど、華やかさすら感じる面々が出演しています。
評価
ストーリー | ★★★★☆ 4/5 |
キャスト | ★★★★★ 5/5 |
演出 | ★★★★★ 5/5 |
映像 | ★★★★☆ 4/5 |
音楽 | ★★★★☆ 4/5 |
総合評価 ★ 7/10
「誰もが愛する映画になっているよね」
モノクロ(正確にはパートカラー)の映画ですが、かなり万人受けする映画だという印象でした。
特に映画を愛する人には刺さる作品になっているんじゃないかと。
そして、あまり嬉しいことではないけど、皮肉にも現代の世界情勢と通ずるところがあったり。
アメリカでは昨年公開されていますが、2022年の今だからこそ、いろんな意味で「観てよかったな~」と思える作品でした。
この手の映画は配信ではなく、ぜひ劇場で観てほしいのですが、いかんせん上映館が少なくて……。
僕が観に行った回だけかもですが、人の入りもポツポツって感じだったのが残念。もっと多くの人に観てもらいたい映画なんだけど。
※ここから先は映画の一部ネタバレが含まれます
感想
よくできた映画である
そんなに使いたくない言い回しなんですが、
「この映画はよくできた完成度の高い映画である」
それはストーリーだけでなく、俳優たちの演技、バディの視点から周囲を映していくカメラワーク。なにからなにまで、少なくとも僕にとっては非の打ち所がない映画でした。この映画が好みか否かは、また別の話ですが。
特に僕の大好きな演出である、パートカラーについて語っておきたい!
パートカラーというのは、白黒映像の中にカラーを入れる手法のことです。有名な映画だと黒澤明監督の『天国と地獄』や、スピルバーグの『シンドラーのリスト』などが挙げられます。
『ベルファスト』では冒頭はカラー映像(現代のベルファスト)が映し出されますが、ひとつ壁を超えると、そこは1969年の白黒世界。『オズの魔法使』とは逆の演出になっていて、観客を現代から過去のベルファストへと誘っていく演出がされていました。
もう、この冒頭シーンだけで感動ものですよね(笑)
その後はバディにとっての遊び場が映し出されるわけですが、すぐに戦場に様変わりするという巧みすぎる運び方。たとえ歴史を知っている観客でも、「なにが起きてるの!?」とバディと一緒になって動揺してしまう、引きこみ方ですよね。
「完璧すぎて逆に焦る……!」
パートカラーでもう一つ書いておきたいことがあります。
1969年の白黒世界でもたったひとつ、カラーだった“もの”がありました。
それが映画なんですよね。
これはもう僕や読者様のような映画好きの方なら、感動せずにはいられないでしょう。
後に高名な映画監督になったケネス・ブラナーの人生とも重なるし、映画が輝いて見えていた(今も輝いているけど)自分自身の過去とも重なっていく。特に子供時代に観た映画って、妙に印象に残っていたりしますからね。家族横並びになって、スクリーンに映し出された世界に飛び込んでいくのは、ケネス・ブラナーじゃなくても共感できるイベントなんじゃないかと。
ちなみに上映されていたのは『チキ・チキ・バン・バン』と『恐竜100万年』。どちらも芸術作品というよりは、娯楽作であり、子供の印象に残りやすい映画と言えます。実際にケネス・ブラナーが観たのか、それともフィクションかは定かではないですが、この2作をチョイスしてくると妙にリアリティが出てきますよね。
今の時代だからこそ
この映画は『ジョジョ・ラビット』と同じく、子供の視点から描かれていく作品です。
扱っているテーマは深いし、実際に起きた紛争だから真面目に捉えなきゃいけないし、今生きている人たちも考えなきゃいけない題材といえます。でも、子供が主人公なんで、無邪気さが良いアクセントになっていました。
たとえば、暴動が起きてスーパーマーケットを襲撃するシーン。バディは「環境にいいから!」という理由で、洗剤を店から盗み出します。子供だからチョコバーとかに目が行くのかと思いきや洗剤。なんかちょっと可笑しいじゃないですか?笑い事でないのは理解していても、ちょっと笑えてしまう場面がいくつもある。
これは『ジョジョ・ラビット』も同じでしたよね。子供が戦争に参加するなんて許されることではないけれど、クスっと笑える場面があったりする。
その一方で、子供ならではの影響も垣間見えます。バディが「イギリスに行ったら友達がいない!大好きな子とも別れちゃう!」と泣き出す場面は、戦場ではないところで起きている、紛争の悲惨さがあらわれていました。
「子供らしい理由だけど胸がズキンとしたよね」
そんなわけで、この映画は子供の視点ならではって要素があるんですが、正直一般市民たちはバディとなんら変わりはないんじゃないかと。
今なぜロシアがウクライナを侵攻しているのかとか、本当の理由は正直よくわからないじゃないですか? 誰ひとり望んでないし、そこに生きている人は誰ひとり喜んではいないのに、戦争は起きてしまう。そんな状況になったとき、そこに大人も子供も関係あるのか?って思うんですよね。
バディは火種になった宗教問題をそこまで重く見ていませんでした。「僕が改宗すれば協会行かなくてすむよね?」とか、紛争を起こした大人たちほど重く受け止めていません。バディの父親も「どんな宗教でも家族として受け入れる」と、寛大な心を持っています。おそらくベルファストに住んでいるほとんど人は、バディたちと同じ考えを持っていたんじゃないでしょうか。
それなのに、一部の過激派が起こした紛争で、昨日まで仲のよかった人たちと引き離されてしまう。これ今も現在進行形で起きてますからね。「こんな悲しいことないだろ!」って話なんですよ。
まとめると、理由もよくわからないまま分断されていく人々の苦しさが、子供の視点を使うことで、より強調されていた映画でした。
「今の世界と一致して……」とか語りたくない映画なんですが、この状況では書かずにはいられない。
最後に
あらためてケネス・ブラナーのマルチな才能が再確認できた映画でした。
作品賞は難しそうですが、監督賞か脚本賞はケネス・ブラナーが獲ってほしいところ。
ただ今年の監督賞はスピルバーグをはじめ、ジェーン・カンピニオン、ポール・トーマス・アンダーソンと有名監督しかいない状況ですからね……。
そうなうると脚本賞かなぁ。
僕はアカデミー賞というイベント自体大好きなので、関係する映画(作品賞でなくても)は鑑賞するようにしているのですが、『リコリス・ピザ』がどうしても……。
せめて作品賞にノミネートされている作品くらいは、授賞式前に鑑賞させてくださいよ~。アメリカでも12月公開だったけど、半年以上遅れるのはちょっとないでしょ。
ちょっと文句を書かせていただいたところで、締めさせててもらいます。
以上。
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