スルメの経歴と映画好きになったキッカケ

どーも、スルメです!

この記事はほとんどの方にとってスッゲェ……どうでもいい話になりますw

タイトルにもある通り、僕自身のことについての話です。まぁ完全にプロフィールを補完する用ですね

「うわっ。どうでもいい!」って方は他の記事をどうぞ!

映画ブロガーが見つけた本当に面白い映画ランキング101本!

 

スルメ

中学時代 ~つまらない~

当時の僕はバスケ部に入っていて、とにかく毎日部活ざんまい

正直言ってクソつまんなかったw

外部コーチが幅を利かせていて、練習なんて全然楽しくないし、メンバー間の仲もそこまで良くない

ゴリには怒られて黒板に投げつけられそうだけど、僕はそれなりに楽しくバスケがしたかっただけ

皆でワイワイやるようなさ~

「実力主義ならクラブチームにでも入ればいいのにな~」とずっと思っていた

僕以外にもそう感じていた部員は多くいて、結局中学2年の冬、引退間近で部員の3分の1以上と一緒に退部する

 

3年からは帰宅部だったのだが、意外にもバスケ部よりも帰宅部同士の結束の方が強かった

他クラスの帰宅部と遊びまくり、モンハン3rdで狩りまくる毎日

あの時の僕は学生よりもハンターと言った方が正しいかもしれない

しかし、迫りくる受験によって楽しかった時間は終わりを迎える

結局、僕はそこそこの私立高校に入学し、エスカレーター式に大学まで進むことになった……

高校時代 ~映画にハマる~

バスケ部での経験からまともな部活に入りたくなかった僕は、写真部か中国語研究会のどちらかに入ろうと決めていた

理由は活動が週1か月1だったからである

だが、当時のクラスメイトから山岳部を紹介され、結局流されるまま山岳部に入ってしまう

それが僕の人生を大きく変えた……

山岳部には映画が大好きの変な奴が入部しており、そいつの影響で『七人の侍』を鑑賞

それ以降は映画を観ずにはいられない身体になってしまった

 

しらばらくして、他校の映画好きたちと一緒に映画制作グループを作る

その名も「元気な後頭部」

グループ名は誰かがウケ狙いで入れたタイトルが、ウケ狙いの投票によって決定したという変な理由で決定した

制作グループとは名ばかりで、映画を作る度に意見がまとまらず、結局3本程度しか作った記憶がない

自主制作映画ついては別記事で詳しく書いているので、参照のこと

伝説の映画【CRAZY APRILFOOL】を徹底解説!

映画は作らなかったが「元気な後頭部」のメンバーでブログを運営していた

今は亡きヤフーブログで簡単なレビューを投稿し続けた。それが当ブログ「今日も映画ですか?」に繋がっているのである

 

高校生も終盤に差し掛かったが、僕の学校は付属だったので、読書感想文だけで法学部に合格した

小学校の頃から感想文とか作文が得意で、受験には自信しかなかった気がする

その後、暇になったので某回転ずしチェーンでバイトをし始めた

大学時代 ~という名のバイト時代~

大学に入学するも、僕はバイトの先輩からこんなことを言われていた

「大学?最初の2週くらいはサボっても平気なんだぜ?」

「パチンコに行けば単位取れるって知ってた?」

その言葉を鵜呑みにし、履修期間は授業に一度も行かなかった

代わりにパチンコにのめり込み、バイト代のほとんどをつぎ込む

「このままじゃダメだ!」と学校に行ったときはもう遅い

サボりまくった僕の居場所はなかった……

その代わり、僕は某回転ずしチェーンで働きまくる

実家大学生にして月給が20万を大きく超えたこともあった

そのせいで魚と寿司が嫌いになり、以来ほとんど口にしていない

結局大学1年の時は1年間で獲得した単位は3!留年待ったなしだ

 

2年になっても相変わらず学校には行かなかった

もちろん留年は確定し、2年の冬に中退を余儀なくされた

ちなみに2年は逆フル単。つまり年間取得単位は0である

そりゃそうだ。だって学校行ってないもん

フリーター時代

大学を止め、フリーターでダラダラする生活に

その時から僕は旅行にハマるようになった

二十歳の時にアメリカを横断し、東南アジアを責めはじめ、バックパッカーとしての道を歩みだす

僕は自分のことを「旅人」と名乗り始めた

「せっかく大学を中退し、レールから外れたんだから、とことん楽しまないと損だ」

今でもそう思っているし、実行し続けている

僕は幼少期から吃音に悩まされ、就職できるとはそもそも考えていなかった

喋るのは大好きだが、初対面の人には大体理解されない

「やはり自分の意思に従うべきだ」とバイトもやめ、無職の道を突き進んだ……

 

ライター時代

最初に目を付けたのが「ビットコイン」

当時はそこまでブームではなかったが、貯金のほとんどをつぎ込んだ

その結果、1・2年は働かなくて大丈夫なくらい儲かった

ただ、金は入ったが投資をしていると精神的に死ぬことを思い知る

 

次に目を付けたのがライター

自分の経験から旅行・投資・映画についての記事を書き、そこそこの収入が入ってくる

もともと文章書くのが好きだったし、バイトよりも割が良い!

ってことでライターをやっていたわけだが、ふと自分のブログも持ちたくなった

そんな感じで当ブログ「今日も映画ですか?」が誕生したわけだ

関連記事

  どーも、スルメ(@movie_surume)です。   このブログが誕生して早2年。 当初は月50人くらいしかこなかったブログが、一年後には5万人くらい。一時期は40万人以上とそこそこの成長を[…]

現在

 

コロナつれぇ・・・

 

いつ終わるんだよこれ・・・・・・

思いっきし収入に直結しているし、映画も観に行けねぇよ……

 

そんな感じで悩みは尽きないのであった